成豊建設について ABOUT US

沿革

成豊建設とは

成豊建設は、創業以来数多くのトンネル工事を手掛けてきました。 その数は、日本全国に1000箇所を越え、技術力・実績ともに業界トップクラスを誇る専門工事業者です。

成豊建設とは 写真

成豊建設の歴史

1.松田菅蔵(成豊建設のルーツ)

松田菅蔵は明治12年大分県上浦町に生まれました。上浦町は農地が少なく、人々は生計を補うため土木工事などの出稼ぎに行きました。 そこでトンネルの技術を身に付け親方として現場を仕切り、日豊本線が開通した大正の頃には、全国の工事現場で「豊後土工」と呼ばれ頼りにされました。 松田菅蔵は10代で北海道の炭鉱で坑道掘削の技術を身に付け、40代の頃に日豊本線建設工事で、大成建設の前身である大倉組土木部のもと施工の差配をし、「豊後土工」の中心的な親方の1人でした。

松田菅蔵(成豊建設のルーツ) 写真
2.黒部第四ダムと弟子達

昭和30年代半ばから始まった黒部第四発電所工事の第五工区は大成建設が請負い、日本初の地下発電所、変電所、放水路、鉄管路、インクラインなどの主要施設は、 地下150mに建設され、迷路のような空洞やトンネルの総延長は10Kmにも及びました。
この工事には、大成建設の主要トンネル業社が集められ、松田菅蔵の弟子達も主力として多く参加しました。

黒部第四ダムと弟子達 写真 黒部第四ダムと弟子達 写真
3.成豊建設の創立

昭和38年2月21日、成豊建設は大成建設の主導で、初代社長西田真一郎(元大成建設役員)と松田菅蔵の弟子9人が結集し、経営陣となって創立しました。

成豊建設のあゆみ

昭和38年
2月21日 西田真一郎を初代社長として創立。
昭和38年
5月24日 建設業者登録が認可される。
昭和38年
大成建設より、「三太郎国道佐敷ずい道工事」「中央線隠山ずい道工事」を受注。
昭和41年
三井建設(現三井住友建設)より「長浜ずい道掘削工事」 を受注。大成建設以外のゼネコンからの初受注となる。
昭和43年
第2代社長に松田雅が就任。
昭和43年
鉄建建設より「長崎・浦上隧道工事」・「横浜地下鉄一号 第6工区」を受注。
昭和45年
商事部門として、日豊商事株式会社(現 日豊株式会社)を設立。
昭和46年
戸田建設より「山陽新幹線峠山トンネル工事」を受注。
昭和50年代
「建設業冬の時代」を迎えるが、体制を整備して乗り切る。
昭和60年代
受注した取引先が累計100社を超える。
昭和61年
第3代社長に横川静生が就任。
平成9年
第4代社長に藤田一也が就任。
平成13年
一般社団法人 日本トンネル専門工事業協会が設立され、加盟。
(協会の目的)
トンネル工事の施工管理、技能・技術力向上、雇用労務管理、企業経営管理に関する調査・研究開発と、施工に関わる作業環境改善、 安全衛生、公害防止、環境保全に努め、もって社会公共の経済と福祉に寄与する。
平成14年
野﨑正和が第5代目社長に就任。
平成18年
野﨑正和が、一般社団法人 日本トンネル専門工事業協会の第2代会長に就任。
平成29年
技術研修センターを山梨県に開設。
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